「空きテナントの誘惑と、失敗する日本人」——バンコクで見えてくる“事業の落とし穴”

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バンコクで長く暮らしていると、「タイで事業を始めたけれど、騙された」「うまくいかず撤退した」という話を耳にする機会が、どうしても増えていく。もちろん、すべてが本人の落ち度ではない。制度の違い、文化の違い、商習慣の違い。そこに悪意を持つ人間が入り込めば、被害が生まれるのは自然なことだ。

しかし、最近いろいろな人と話す中で、どうしても気になってしまう共通点がある。 それは「危機管理」と「マーケティング設計」の欠如だ。

特に目立つのが、“空きテナントの誘惑”に負けてしまう人たちである。

バンコクには、妙に安いテナントが突然ぽっかり空くことがある。家賃を聞けば、日本の感覚からすれば破格。立地も悪くないように見える。すると、心のどこかでスイッチが入るのだろう。「せっかくだから何かやろう」「この値段なら失敗しても痛くない」と。

だが、この“せっかくだから”が曲者だ。 本来、事業とは「やりたいこと」や「できること」から逆算して場所を選ぶべきなのに、場所が先に来てしまう。 そして、場所に合わせて“何か”を始めようとする。

この“何か”が、実に危うい。

なぜなら、そこには差別化の視点が欠けているからだ。 「空いているから」「安いから」という理由で始めた事業に、独自性が生まれるはずがない。 結果として、周囲の店と似たような商品やサービスを並べ、価格競争に巻き込まれ、疲弊し、撤退する。 そして最後に残るのは、「タイ人に騙された」という言葉だけだ。

もちろん、実際に騙されるケースもある。 だが、よくよく話を聞いてみると、“騙された”という言葉の中に、準備不足や思い込みが混ざっていることも少なくない。

例えば、契約書を細かく確認しないままサインしてしまう人。 タイ語が読めないのに、誰にもチェックを頼まない人。 市場調査をせず、周囲の店舗の客層や価格帯を把握しないまま開業する人。 「タイ人はこういうのが好きらしい」という曖昧な噂だけを頼りに商品を仕入れる人。

こうした行動は、悪意ある誰かがいなくても、失敗へと一直線に向かってしまう。

バンコクは、チャンスの多い街だ。 だが同時に、“準備不足の人間を飲み込む街”でもある。 勢いだけで飛び込んだ人を、容赦なくふるい落とす。

では、どうすればいいのか。

答えはシンプルだが、実行するのは簡単ではない。

1. まず「やりたいこと」から始める

空きテナントを見てから事業を考えるのではなく、 「自分が提供できる価値は何か」 「誰に届けたいのか」 「なぜ自分がやる必要があるのか」 この3つを明確にすることが先だ。

2. “タイだからうまくいく”という幻想を捨てる

タイは日本より競争が緩い、というのは過去の話だ。 今のバンコクは、ASEANでも屈指の競争市場である。 「日本人がやれば成功する」という時代はとうに終わっている。

3. 危機管理は“疑うこと”から始まる

契約書、取引先、パートナー、スタッフ。 「大丈夫だろう」という思い込みを捨て、必ず第三者の目を入れる。 特に法務と会計は、ケチらない方がいい。

4. マーケティングは“差別化”がすべて

「他と同じことを、同じようにやる」 これほど失敗が約束された戦略はない。 小さくてもいい、ニッチでもいい。 “自分だけの理由”をつくることが、唯一の生存戦略だ。

バンコクで事業をする日本人は、昔より確実に増えている。 だが、その分だけ失敗する人も増えている。 そして、その失敗の多くは、実は避けられたものだ。

空きテナントの誘惑に負けず、 「何をやるか」ではなく「なぜやるか」を問い続けること。 それが、この街で長く生き残るための最低条件なのだと思う。

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