「刺激がない」と抜かす若造へ。バンコク二年目、停滞という名の贅沢

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「刺激がない」と抜かす若造へ。バンコク二年目、停滞という名の贅沢

バンコクに身を投じて、はや二年。
脂の乗りかかった三十路の若造が、ビールの泡を眺めながらポツリと漏らした。「最近、刺激がないんですよね」と。
その直後に「昨日、彼女と別れたんですよ」と付け加えるあたり、おめでたいというか、実に人間臭い。

彼が吐き出したのは、単なる退屈の告白ではない。それは、異国の熱に浮かされた者が等しく突き当たる、「適応」という名の残酷な壁だったのです。

1. 脳内麻薬が切れる時:かつて排気ガスは香水だった

バンコク到着から一年目。あの頃、我々の五感は常に蹂躙され、それゆえに狂喜していた。
目を開ければ極彩色の看板が躍り、鼻を突くのは屋台の油と下水の悪臭、耳にはトゥクトゥクの爆音と、理解不能なタイ語の奔流。すべてが「予測不能」という名の劇薬だった。

日本という精密機械のような社会で去勢されていたアドレナリンが、この泥縄式の日常に触れて一気に噴出する。
週末に思い立ってプーケットへ飛び、平日はスピード感だけは一人前の恋愛に身を投じる。
「非日常」を「日常」だと錯覚できるハネムーン期。
あの時、あんたの瞳は確かに輝いていた。排気ガスの臭いさえ、自由の香水のように感じていたはずですよ。

2. 「サバイ」という名の停滞、あるいは感覚の老化

だが、二年という月日は、脳を無慈悲に飼い慣らす。
心理学で言うところの「感覚順応(sensory adaptation)」。要するに、麻痺だ。

  • 猛暑は、ただの不快な気温へと成り下がる。
  • 渋滞は、単なる時間の浪費でしかなくなる。
  • タイ人の「マイペンライ(気にしない)」は、かつての寛容さから、ただの無責任な怠慢に見え始める。

かつて心を震わせた異国の不協和音は、今やただの雑音に過ぎない。
日本的な「常に新しさを求める強迫観念」を捨てきれないまま、バンコクの「ぬるま湯(サバイ)」に浸かり続ける。
刺激が消えたのではない。あんたが、バンコクという劇薬に対して耐性を持ってしまっただけのことなのです。

3. 「ないない病」の処方箋としての失恋

海外生活の心理曲線、いわゆるUカーブにおいて、二年目は「調整期の終わり」から「安定期の入り口」に位置する。
生活の基盤は整い、言葉もそこそこ通じる。だが、ふと足元を見ると、底知れぬ虚無が口を開けている。
「刺激がない」「友達がいない」「将来が見えない」。
これがいわゆる「ないない病」の正体だ。

この若造が「刺激がない」と言った直後に失恋を告白したのは、実に見事な無意識の防衛本能と言える。
安定という名の退屈に耐えきれず、自らドラマ(悲劇)を演出して、心の空白を埋めようとしたのではないか。
失恋の痛み。それこそが、彼が手に入れられる「手っ取り早い刺激」だったのです。 皮肉な話ですね。

4. 束縛という名の愛、放置という名の不信

日本人は「放っておくこと」を信頼の証だと思い込み、タイ人は「束縛すること」を愛の証明だと信じて疑わない。
この絶望的なズレも、一年目は「情熱的で新鮮」と片付けられる。
しかし二年目ともなれば、それは単なる「重荷」へと姿を変える。

自由を求めて日本を脱出したはずが、いつの間にか異国の女の嫉妬とGPS監視に縛られている。
この矛盾に気づいた時、男は「刺激の喪失」を嘆きながら、実は「平穏な自由」と「刺激的な拘束」の間で、出口のない迷路を彷徨うことになる。

結末:地獄の沙汰も、慣れ次第

「刺激がない」と感じる。
それは、あんたがこの混沌とした街に、見事に適応してしまったという証左に他ならない。
バンコクは、何も変わっていない。相変わらず汚くて、適当で、それでいて生命力に溢れている。
変わったのは、あんたの感性の「解像度」だ。

ここから先は、与えられる刺激を待つ受動的な「客」でいることは許されない。
自分で新しい毒を盛るか、あるいは、この退屈な安定を「贅沢な静寂」と呼び替えて隠居の真似事でも始めるか。
どちらにせよ、二年目の壁を越えた者だけが、この街の本当の深淵を覗き込める。

まあ、せいぜい、次の刺激を探してのたうち回ることだな。
その無様な姿こそが、バンコクで生きるということなのだから。

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