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タイ政府が大麻規制を打ち出したとき、見出しは立派でした。「THCは0.2%未満に抑えること」。なるほど、紙の上では世界に誇れる厳格な基準です。しかし、誰がどうやって監視するのかは誰も考えていなかった。結果、制度は「作った瞬間がピーク」で、その後は放置。タイでは珍しくもない光景です。むしろ「制度を作っただけで仕事をした気になる」ことこそ、この国の政治文化の真骨頂でしょう。
交通法規 ― 世界一安全な“紙の上の道路”
飲酒運転の厳罰化、シートベルト義務、速度制限。法律だけ見れば、タイの道路は北欧並みに安全に見えるかもしれません。ところが現実は、警察官に小銭を渡せば違反は帳消し。取り締まりは年末年始の「交通安全キャンペーン」期間だけ盛り上がり、普段は誰も気にしない。結果、交通事故死亡率は世界最悪水準。つまり、タイの道路は「紙の上では安全」なのです。
日本人の落とし穴
「法律がある=守られている」と信じてしまうこと。日本ではシートベルト義務があれば皆が守るのが前提ですが、タイでは「義務」と「実際」は別物。旅行者が「法律で決まってるから大丈夫」と油断すれば、タクシーでシートベルトが壊れていても誰も直してくれません。
移民管理 ― 厳格な規制と現場の黙認
隣国からの労働者に対しては、登録制度や労働許可制度が整備されています。さらに外国人就業規制法では、外国人が就けない職種が細かく列挙されている。紙の上では「外国人労働者は完全に管理されている」ことになっています。
しかし現実は、数百万人規模の不法就労者が黙認されている。理由は単純で、制度が複雑すぎて誰も守れないからです。雇用主にとっても安価な労働力は魅力的で、取り締まる側も「まあいいか」と目をつぶる。結果、制度は「存在しないも同然」。
日本人の落とし穴
「役所に行って手続きをすれば、必ず正しく処理される」と思い込むこと。日本の感覚で「書類を揃えれば安心」と信じると、タイでは「担当者が今日は忙しいから後回し」「別の窓口に行け」とたらい回しにされ、結局“非公式な近道”を使わざるを得なくなる。制度を信じすぎると、逆に不法状態に追い込まれる皮肉。
食品安全基準 ― 輸出用は安全、国内用は自己責任
食品衛生法や農薬残留基準、食品表示制度も整っています。輸出用の食品は厳格に検査され、日本や欧米の基準を満たす品質が保証される。輸出先の消費者は安心してタイ産のエビや鶏肉を食べられるでしょう。
ところが国内市場に目を向けると、地方市場や屋台では検査体制が不十分で、農薬過剰残留や偽装表示が常態化しています。タイ人消費者は「輸出用は安全、国内用は自己責任」という暗黙の了解を共有している。つまり、タイの食品安全は「外国人には厳格、国民には放任」という二重基準で成り立っているのです。
日本人の落とし穴
「タイは輸出大国だから、国内の食品も同じレベルで安全だろう」と思い込むこと。実際には、スーパーで売られる“国内向け”野菜や肉は検査が緩く、屋台の料理は完全に自己責任。日本の「どこで食べても最低限の安全は保証されている」という感覚を持ち込むと、胃腸薬が旅の必需品になる。
結論 ― 制度と現実の乖離を前提に
THC規制も、交通法規も、移民管理も、食品安全も、共通するのは「制度を作ること自体が目的化し、運用に必要な仕組みが欠けている」という点です。制度を立ち上げる瞬間は華やかですが、その後は誰も責任を取らない。
そして日本人が陥りやすいのは、「制度がある=守られている」という思い込み。日本ではそれが常識ですが、タイではそれは幻想です。むしろ「制度はあるが、現実は別」という前提を持つことで、初めてこの国のリスクや日常のリアリティが見えてきます。
タイの制度は、しばしば「飾り物」にすぎません。ショーウィンドウに並ぶマネキンのように、遠目には立派に見えるが、近づけば中身は空っぽ。制度を信じて安心するのは観光客だけで、現地の人々は最初からそんなもの信じていない。だからこそ、日本人がタイで安全に生き抜くには、「制度倒れ」を前提に行動することが最大の防御策なのです。


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