バンコクに押し寄せる「デジタルノマド」たち:タイ在住者が見る変化と未来

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バンコクに押し寄せる「デジタルノマド」たち:タイ在住者が見る変化と未来

スクンビット通りが「シリコンバレー化」している件

最近、トンローやエカマイのカフェに入ると、MacBookを開いてZoomミーティングしている欧米系の若者だらけ。隣のテーブルからは英語、ドイツ語、フランス語が飛び交い、まるでバンコクじゃないみたいだ。

1997年からタイに住んでいる身としては、この光景、正直言ってかなりシュールである。バンコクに移り住んだ直後にアジア通貨危機が襲来し、バーツが暴落する激動の時代を経験した。当時、外国人といえば駐在員か英語教師か、ちょっと怪しげな長期滞在者くらいだった。それが今や「リモートワークしながら世界中を旅する」なんて人種が大挙して押し寄せてくるとは。時代は変わったものだ。

タイ政府の「本気度」が見える政策転換

この変化、偶然じゃない。タイ政府が2022年頃から本格的に打ち出した「デジタルノマド歓迎政策」の成果である。特にLTR(Long-Term Resident)ビザの導入は、従来のビザシステムに風穴を開けた。

年収8万ドル以上の「ウェルシーメモーバー」カテゴリーなら、10年間の滞在が可能。90日レポートは年1回でOK、労働許可証なしでリモートワークができる。これ、タイのビザ行政史上、革命的な転換だと思う。我々古参組が散々苦労してきた各種手続きを思えば、隔世の感がある。

さらに、DTV(Destination Thailand Visa)という5年マルチビザまで登場。年間180日まで滞在可能で、申請のハードルも比較的低い。タイ政府の「デジタルノマドよ、来たれ!」というメッセージは明確だ。

不動産市場が示す「本当の影響力」

この政策の影響は、街の風景を変えるレベルに達している。

スクンビット界隈の家賃相場、ここ2〜3年で20〜30%上昇した物件も珍しくない。かつて月2万バーツで借りられた1ベッドルームが、今や3万バーツ超え。オーナーたちは「外国人が高く払ってくれるから」と強気だ。

コワーキングスペースも雨後の筍状態。トンロー、プロンポン、アーリー、さらにはチェンマイのニマンヘミンまで、至る所に新しいスペースがオープンしている。月額3,000〜5,000バーツで高速Wi-Fi、会議室、コーヒー飲み放題。確かに魅力的なパッケージではある。

飲食店も変化している。「ヴィーガンカフェ」「オーガニックスムージーバー」「グルテンフリーベーカリー」…28年前には想像もできなかった業態が次々と登場。価格は高めだが、デジタルノマドたちは気にせず利用している。彼らの購買力、侮れない。

「楽園」の賞味期限

ただし、である。このデジタルノマドブーム、本当に持続可能なのだろうか?冷静に考えると、いくつか気になる点がある。

まず、生活コストの上昇。デジタルノマドが増えれば増えるほど、彼らが好む地域の物価は上がる。するとコスパ重視で来た層は、より安い国へ移動する。バリ、ダナン、メデジン…選択肢は無限だ。「タイは高くなった」という声、SNSでちらほら見かけるようになった。

次に、税制問題。タイ歳入局は最近、外国源泉所得への課税を強化する動きを見せている。今後、180日以上滞在する外国人の所得に対する税務当局の目が厳しくなる可能性は十分ある。税金の話が絡むと、デジタルノマドたちの「楽園イメージ」は一気に色褪せる。

そして、地元住民との軋轢。家賃高騰で地元の若者が追い出される現象(ジェントリフィケーション)は、すでにバンコクやチェンマイで起きている。長期的には社会問題化するリスクがある。

冷静に見る「デジタルノマドの未来」

個人的な予測を言えば、タイのデジタルノマド市場は今後5年ほどで二極化すると思っている。

上位層は残る。年収10万ドル超のリモートワーカーやフリーランサー、スタートアップ起業家など、「本物の高スキル層」はタイの利便性と生活の質を評価し続けるだろう。彼らは多少のコスト上昇では動じない。LTRビザはこの層をターゲットにしている。

一方、中下位層は流動的になる。月収3,000〜5,000ドル程度で「安く暮らせるから」という理由でタイに来ている層は、より安い国へシフトする可能性が高い。デジタルノマドの本質は「移動の自由」だから、これは自然な流れだ。

結果として、タイに残るデジタルノマドは「質重視」の層になる。人数は減っても、経済的インパクトは維持される、というシナリオだ。

在住者としての本音

28年以上タイに住んでいると、こういう「ブーム」を何度か見てきた。90年代後半の日本企業進出ラッシュ、2000年代のロングステイブーム、2010年代の中国人観光客爆増…。どれも「永遠に続く」と思われたが、結局は波がある。

デジタルノマドブームも同じだろう。ピークを迎え、やがて落ち着く。ただし、完全に消えることはない。リモートワークという働き方自体は定着したから、一定数の「場所に縛られない働き手」は今後も存在し続ける。

タイ政府の政策も、試行錯誤しながら成熟していくはずだ。税制、ビザ制度、インフラ整備…調整すべき点は多い。でも長期的には、タイはアジアにおける「デジタルノマドハブ」の一つとして機能し続けると思う。シンガポールほど高コストじゃないが、ベトナムやフィリピンより快適、というポジショニング。

変化を楽しむしかない

正直、カフェで隣の席のノマドが延々とZoomミーティングしているのを聞かされるのは、やや辟易する。でも同時に、この変化もまた「タイらしさ」なのかもしれない、とも思う。

タイは昔から、外国人を受け入れながら独自の文化を保ち続けてきた国だ。デジタルノマドという新しい「客人」をどう消化していくのか。在住者としては、その過程を観察するのも悪くない。

ただし、我々古参組は一つだけ覚悟しておくべきだろう。「昔は良かった」という愚痴を言う側に、もう完全に回ってしまったということを。

ああ、トンローの1万バーツ台のアパートが恋しい…

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