日本人は“インフラを信じすぎる”――タイで学んだ前提のズレ

Loading

タイ社会は壊れる前提、日本社会は壊れない前提。その差が生活を決める

よく「タイはインフラがまだ遅れている」なんてしたり顔で語る人がいるけれど、あれはちょっと的外れだと思うんです。遅れているんじゃない、そもそも「信用していない」だけ。1分の遅れで駅員が平謝りする日本が異常なのであって、地球の標準は「システムなんていつか壊れる」ですからね。

かくいう私も、タイに暮らし始めた初期は見事に「日本脳」のままやらかしました。

あれは数年前の、絵に描いたような激しいスコール(ฝนตกหนัก)が降った日のこと。バンコクの主要道路があっという間に茶色い川と化す、おなじみの光景です。当時の私はまだ「最新のBTS(高架鉄道)に乗れば、日本の新幹線みたいに涼しい顔で目的地に着けるはず」と信じ込んでいたわけです。

ずぶ濡れになりながらなんとか高架駅の階段を駆け上がると、目の前に広がっていたのは、改札の手前で完全にフリーズした巨大な人の波。

なんと、自動改札機が雨の湿気か何かで一斉にシステムダウン。さらに、最新鋭のはずの券売機も沈黙していました。日本なら「ただいま復旧を急いでおります!」と駅員が血相を変えて走り回る場面ですよね。でも、タイの駅員たちは違った。

「あーあ、またか」という顔で、おもむろにプラスチックの衣装ケースを取り出してきたんです。中に入っていたのは、昭和の映画でしか見ないような紙の切符。それを駅員がハサミで「パチン、パチン」と手際よく切りながら、笑顔で客に手渡していく。

自動化された最新インフラが、一瞬で「完全なる手動」に切り替わった瞬間でした。

あのときの、妙にのんびりした空気感は忘れられません。誰も怒っていないし、駅員も焦っていない。それどころか、並んでいるタイ人たちはスマホでSNSを見ながら「道路が川になっちゃったよー」なんて自撮りを上げている。

日本だったら「運行管理はどうなってるんだ!」と怒号が飛び交うか、乗客全員が般若のような顔で時計を睨みつけているところです。ここで私は気づいたわけです。ああ、悪いのは雨でも駅員でもなく、「インフラは完璧に動いて当然」という傲慢な前提を勝手に持ち込んでいた自分の方だったな、と。

日本のインフラは、100点満点からスタートして減点されていく世界。だから、99点になっただけでみんなパニックになる。でも、タイのインフラは最初から「30点くらい」の認識なんです。動けばラッキー、止まったらその時。

街を歩けば、スパゲッティのように絡まり合った電線が頭上を覆っていますよね。あれ、日本人的には「早く地下に埋めて綺麗にすればいいのに」と思いがちですが、タイの思想は「切れたら上から新しい線を足せばいい。古い線? 撤去するの面倒だからそのままで」です。この「とりあえず今動けばオッケー」という大らかさ。

インフラが完璧すぎると、人間はどんどん不寛容になっていくのかもしれません。

タイの緩いインフラに揉まれていると、不測の事態に対する「筋肉」が鍛えられます。電車が止まったら、そのへんでサバーイ(สบาย)にお茶でも飲んで待てばいい。道が消えたら、あきらめて靴を脱げばいい。

「インフラを信じない」という生存戦略。ガチガチのシステムに守られ、同時に縛られている日本のみなさんから見れば、不便で、危なっかしくて、だけどどうしようもなく人間くさいこの街のバランス、一体どちらが本当に「生きやすい」んでしょうかね。

まぁ、突如として家の水回りが全滅して、業者が「明日行く」と言ったきり3日来ないときは、さすがの私も「マイペンライ(ไม่เป็นไร)」とは言えずに白目を剥くんですけれど。(苦笑)

コメント

タイトルとURLをコピーしました