タイ国民の6割が詐欺被害者――「日常リスク」と化す社会構造

Loading

タイ国民の6割が詐欺被害者――「日常リスク」と化す社会構造

ロマンス・投資・求人――詐欺が社会を侵食するタイの現実

「詐欺」と聞けば、多くの日本人は特殊詐欺や振り込め詐欺を思い浮かべるだろう。だがタイでは、詐欺はもはや特別な犯罪ではない。国民の6割が何らかの被害経験を持ち、日常生活の一部として浸透している。愛、投資、労働――人間の根源的な欲望や不安を巧みに突いた詐欺は、個人の失敗談ではなく社会構造そのものを侵食する「日常リスク」となっている。

数字が示す異常事態

タイ警察庁の統計によれば、2024年初頭のわずか3か月間で26,507件のオンライン詐欺が報告され、被害総額は46億バーツ(約184億円)に達した。1日あたり約6億円が失われている計算だ。これは単なる犯罪統計ではなく、社会の基盤が揺らいでいる証拠である。詐欺はもはや「例外的な事件」ではなく、誰もが遭遇する可能性のある「日常的なリスク」へと変貌している。

ロマンス詐欺――愛が武器になる時代

最も人間的な感情である「愛」が、詐欺師にとっては最強の武器となる。SNSやマッチングアプリを通じて親密な関係を築き、結婚や緊急事態をちらつかせて金銭を要求する。
かつては写真やメッセージのやり取りが中心だったが、近年はAI生成の偽映像や音声が利用され、信頼を得る手口が高度化している。 「愛する人を助けたい」という自然な感情が、冷酷な搾取の道具に変わる。被害者は恥や屈辱から声を上げにくく、社会的に孤立する。結果として、詐欺は個人の心を破壊するだけでなく、社会的な信頼関係そのものを蝕んでいく。

投資詐欺――高利回りの幻想

「簡単に儲かる」という幻想は、タイ社会でも強力な誘惑だ。
暗号資産や架空の金融商品への投資を持ちかけ、高利回りを保証する宣伝で資金を集める。最初は小さな利益を還元し、信頼を積み重ねた後に大規模な持ち逃げを行う。
この構造は、単なる詐欺ではなく「社会的な幻想の共有」と言える。儲け話は口コミやSNSで拡散され、集団心理によって被害が拡大する。投資詐欺は個人の欲望を利用するだけでなく、社会全体の「経済的希望」を食い物にするのだ。

求人詐欺――働くことすら危険になる

労働市場もまた、詐欺の温床となっている。「高収入」「短期間で稼げる」といった求人広告で応募者を誘い、登録料や手数料を振り込ませる。さらに深刻なのは、応募者を特殊詐欺グループの実行役にさせるケースだ。
パスポートを取り上げられ、軟禁や暴力に巻き込まれる事例も報告されている。 ここでは「働くこと」そのものが危険に変わる。労働市場が詐欺の入り口となり、若者や失業者が搾取される。これは単なる犯罪ではなく、社会の労働構造を歪める現象である。

社会構造としての詐欺

タイにおける詐欺は、個人の失敗談ではなく社会構造の問題だ。愛、投資、労働――人間の根源的な活動が詐欺の対象となり、社会全体がリスクにさらされている。
詐欺は「被害者」だけでなく「加害者」にも人々を巻き込み、社会の信頼と安全を根本から揺るがす。 この構造を理解せずに「自己責任」と片付けることは、問題の本質を見誤ることになる。詐欺はもはや「個人の過ち」ではなく「社会的な病理」なのだ。

日本人への警鐘

日本人がタイ社会を理解する際、詐欺を単なる犯罪として捉えるのは危険だ。詐欺は文化的現象であり、社会構造そのものを映し出す鏡である。
タイで生活する日本人も、観光やビジネスで訪れる人も、この「日常リスク」に巻き込まれる可能性を常に意識すべきだ。 安全に生きるためには、「疑う力」こそが最大の防御となる。
愛の言葉も、儲け話も、求人広告も――すべてを一度立ち止まって検証する冷静さが必要だ。詐欺は人間の欲望や不安を突くが、それを見抜く力こそが社会を守る唯一の武器である。

結び

タイ社会に蔓延する詐欺は、個人の問題ではなく社会構造の危険である。
愛、投資、労働――人間の根源的な活動が詐欺の対象となり、国民の6割が被害経験を持つ現実は、社会全体の信頼を崩壊させる。
日本人にとっても、これは「遠い国の話」ではない。グローバル化した詐欺は国境を越え、誰もが巻き込まれる可能性を持つ。 「疑う力」を持つこと、それが唯一の防御であり、社会を守るための最小限の知恵である。

コメント

タイトルとURLをコピーしました