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新米が倉庫で眠る2025日本の冬
──市場原理の失敗と、静かに笑う東南アジアの現実
日本のスーパーで新米5kgが5000円を超える頃、
全国の米卸業者の倉庫には、推定1200トンを超える新米が静かに積み上がっている。
売れなければ来年は古米扱い、電気代と金利だけが容赦なくかさむ。
卸関係者の言葉はシンプルだ。
「3500円を切らないと、もう誰も振り向かない」
「値下げ200円じゃ焼け石に水。死ぬよ、俺たち」
これが2025年12月現在の、日本米市場の冷徹な現実である。
政策の急転換が招いた惨事
小泉進次郎農相時代は「米価が高すぎる」と備蓄米を積極的に放出、消費者価格を抑え込んだ。
批判はあったが、少なくとも店頭価格は4000円を大きく超えることはなかった。
現政権は方針を180度転換。
鈴木農相は「政府は介入しない。市場原理に任せる」と明言。
その結果、卸各社は「来年は不作になるかもしれない」という観測をもとに高値で買い進めた。
実際は豊作。
在庫指数(DI)は79に達し、平均店頭価格は4260円へ。
消費者は静かに米コーナーを素通りし、パスタやパン、外食へと流れた。
買い控えは数字にも明確に表れている。2025年10月の米販売量は前年比約15%減(日本穀物検定協会推計)。
政府は「市場原理」と言ったまま、動かない。
卸は「助けてくれ」と泣きつく。
典型的な「言った者勝ち」の失敗劇である。
対照的な東南アジアの現実
一方、タイではジャスミンライスの店頭価格は5kgで140~180バーツ(約600~780円)と、ほぼ横ばい。
10kg、20kg単位で日常的に購入される光景は今も変わらない。
タイ政府は輸出価格の下限設定や備蓄調整を当たり前のように行い、
国内価格の急激な変動を抑えている。
30年前、日本はタイ米を「緊急輸入のやむを得ない選択肢」と見下し、
「パサパサで美味くない」と酷評した。
2025年現在、タイ米は品質も安定し、価格は日本の10分の1以下。
しかも政府が市場を「管理」しているからこそ、卸業者が倉庫で泣くような事態は起きない。
市場原理を神と崇める日本が市場に殺され、
「管理された市場」を選んだタイが勝っている。
歴史の皮肉は、時にこんなに素直に姿を現す。
消費者の選択は合理的だ
責められるべきは消費者ではない。
物価は上がり、賃金は上がらず、米だけが突出して高い。
カリフォルニア米、オーストラリア米、あるいは単に米を減らす。
どれも合理的な生存戦略にすぎない。
このまま進めば、2030年には日本人の年間米消費量は40kgを割り込む(農水省試算)。
主食の座は、静かに他へ譲られていく。
そろそろ現実を見よう
卸各社は「年明け4000円割れは避けたい」と願っているが、
甘い。
3500円を切らなければ需要は戻らない。
今ならまだ損失を限定できる。
損切りは恥ではなく、生き残るための冷静な判断だ。
政府も「市場原理」を盾に逃げ続けることはできない。
結局、税金で業者を救うなら、最初から価格調整機能を働かせればよかった。
360億円とも言われる米券(補助金)は、単なる事後救済にすぎない。
結論
新米1200トンが倉庫で眠り続けている。
その間も、東南アジアの市場では安価で安定した米が毎日普通に売買されている。
市場原理は万能ではない。
それを証明するために、日本は今、倉庫いっぱいの新米と、
静かに離れていく消費者の背中を眺めている。
笑うのは、もうタイ米ではない。
ただ、苦笑いしか浮かばない日本の現実だけだ。




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